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ゆっくりと小説を書こう

小説の書き方やお役立ち本などを紹介するBlogです。「小瀬朧」名義で第9回ビーケーワン怪談大賞をいただきました。twitterでtwnovelや短歌などを発表中。

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投稿日:2024年04月27日(土)

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悪い人はいない

投稿日:2009年05月14日(木)

自分にとって明確な悪人が存在しないということは苦しい。

本当は小説のなかのキャラクターにしゃべらせるつもりだったが、自分の不幸の原因を誰にも責任転嫁できないというのは生きていてつらい。そういう人は真面目であればあるほど、我が身に起ることすべての原因は自分にあると思ってしまう。自業自得という言葉にどうしようもない実感を抱くようになる。

これが若いころだったら、親が悪い、学校が悪い、社会が悪い、友達が悪いなどと適当に決めつけることで、それなりに心の安定を保っていた。けれども、成長するにしたがって、親は悪くない、学校も悪くない、社会も悪くない、友達も悪くないと気づいてしまう。それを認めたくないがために、意固地になって、いつまでも子どもの心を持ち続けようともするが、限界がくる。

私自身の話になるなら、今ヒキコモリニートをやっているのは、自分に責任がある。正直なところ、誰かに責任転嫁したくてたまらないのだが、いくら歪んだ思考を展開してみても、だーれも悪くない。むしろ、他人の指図に従うのが嫌で、自分で選び続けた人生なのだから、幸せの絶頂のはずだ。

それはともかく、小説の話に戻るなら、主人公に障害をもたらす悪役はいるとしても、その人物に悪を貫き通してもらうのは難しいと気づいた。そもそも、悪って何、という避けられない問いに、作者である自分がはっきりと答えられない。

そこで、悪なんてものはなくて、相容れない思想や主義のぶつかり合いが障害なのだ、と考えるようになる。それはそれでお決まりの形式なんだけど、書いているうちに主人公じゃないほうに感情移入するようになったり、逆に主人公のほうこそ悪人じゃないかという状況になったりするのが困る。読み手の「けっきょく誰が悪いわけ?」という声が聞えてきそうになる。

こんなことで悩んでしまうのは、たぶんなんだけど、いわゆる勧善懲悪の物語によって自分が育ってきたからかもしれない。幼少のころに見たアニメやマンガやドラマは、作者の真の意図はともかく、ぱっと見たかんじではつねに悪を懲らしめる話のはずだ。具体的な年代や作品は、年がばれるからあんまり書きたくない。

ここまで考えてみると、冒頭で書いた「自分にとって明確な悪人が存在しないということは苦しい」なんてのも、実は、幼いころに受けた影響をいまだに引きずっているだけなのかもしれない。


 

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本は積み木じゃありません

投稿日:2009年05月13日(水)

久しぶりにBOOKOFFへ行った。一ヶ月ほど行っていなかった。お金もないし、あまり本を読みたい気分じゃなかったから。

在庫数が一番多い店舗へ今日は行ってみた。そうしたら、気持ち悪いぐらい、以前から探していた本が次から次に見つかった。あまりにも都合が良すぎるので、もしかしたら夢なのかと疑ったが、現実だった。

偶然にすぎないとしても、それを見つけたのは自分なのだから、きっと何か意味がある、と思うようにしている。最近、気弱になっているから、あまり強くは言えないけど。

どうにも最近は、生きているという実感に乏しく、その反動でちょっとしたことに感動したり涙を流したりする。冷静に考えてみれば、たかが古本屋に自分の欲しかった本があったぐらいで、何か運命めいたものを感じてしまうのだから、それなりに心が荒んでいるのだろう。

姪と積み木遊びをしていて、一番楽しいのは組み上げた積み木を一気に崩すときだ。高く積めば積むほど、壊すときの爽快感は高まっていく。姪にとって崩壊する積み木の塔が何を意味するのか、大人の私には理解できないけれども、その小さな心のなかに確かに存在する破壊の欲求をくすぐるからこそ、夢中になれるのだ。

BOOKOFFで古本の詰まった棚を見ていると、その一冊一冊が積み木を連想させる。回りくどい考え方をするなら、なるほど本というモノは知識の蓄積を象徴している。見たままの解釈をするなら、本が四角いブロックに見える、それだけのことだ。

じっさい、買ってきた本はろくに読まれもせず、部屋の隅から順番に、積み木さながらにうずたかく積み上げられているわけだ。土台が文庫本だったりすると非常に不安定となって、そのうちぐらぐらと揺れ始め、夜中に突然崩れて私を驚かせたりする。、また、姪から見れば積み上げられた本の山と積み木の区別はつかないし、つける必要もないから、片っ端から崩してくれたりもする。

そんなかんじだから、部屋に籠もって悶々としていると、部屋のすべての本を外にぶちまけたくなる。そうすれば、何か吹っ切れるような気がしてならないのだけれども、やはり世の中の本を愛する人たちから総スカンを食らいそうなので、妄想のなかにとどめておく。






 

くらくらした

投稿日:2009年05月11日(月)

日曜日、近所の公園に姪と一緒に遊びに行ったんだけど、暑くて、具合悪くなって、ベンチにダウンした。頭痛かった。

そのまま空を見上げていたら、ああ、自分は今生きているんだなあと実感して、同時に、このまましんじゃってもいいよなあと思ったりして、なんだか悟りを開きそうな気分になった。

そのあいだ、姪は私の腹の上でぴょんぴょん飛び跳ねていた。どうだい、おじちゃんのお腹はふかふかだろう……。

関係ないけど、姪は家の近くを散歩していると、ある廃屋のところで必ず「だれかいるー」というようになって、ばーちゃんを怖がらせる。いいねえ、さすがは私の姪だ。(何がどうさすがなのか謎)

セブンイレブンで、500円の何か怪奇特集の本を買おうとしたら、だっこされていた姪が「おじちゃん、それダメだよ」というので、買うのをやめた。何かすごく不気味なかんじがする本だったんだよね。さすがは私の姪だ。(だからどこがどうさすがなのかと)




パパ気分

投稿日:2009年05月07日(木)

連休も終わるので、妹から姪を一日借りて(この表現よくないよね)、いろいろなところへ遊びに出掛けた。

ちょうどオープンしたばかりの食品スーパーだのショッピングモールだのが何カ所かあるので全部回ることにした。

姪を抱っこして歩き回る私の姿は、傍から見ればごく普通のパパに見えたと思う。あんなデブで禿でも結婚できて子どもがいるんだろうなあ、と周りの人から見られたのなら、とてもうれしい。

ところで、今上で書いた「あんなデブで禿でも~」という表現はじつによくない。書いている本人は謙遜じみた卑下のつもりかもしれないが、それはつまり、書く人(といっても私だが)の人間観を如実に表わしている。すなわち、私にとって太っている人や頭髪の薄い人とは、より劣った存在として認識しているということだ。まあ、こんな些細なことでつまらない人間性を透けさせてしまうようではお先真っ暗だな。

ところて、今上で書いた「こんな些細なことでつまらない人間性を~」という表現はじつによくない。(以下飽きるまでループ可能)


それはともかく、確かに幼児を抱っこして歩き回っていれば一見パパのようではあるが、姪は私に向かって「おじちゃん、みて」「おじちゃん、きて」「おじちゃん、だっこ」「おじちゃん、あっちいく」「おじちゃん、これなんだ」「おじちゃん、じゅーす」「おじちゃん、おかし」……とおじちゃんを連呼、しかも大声なので、周囲から一瞬だけ奇異の目を向けられる。

最近は開き直って、私自身、自分のことを「おじちゃん」と呼ぶことにし、しかも大声(そういう血筋らしい)なので、それも相まって、周囲の奇異の目はすぐに理解の目へと変わる。そういう関係なんですよ、あははは。

しかし、私は基本いいなりなので、姪に「おじちゃん、ここすわって」と言われれば、そこが床であろうが地べたであろうがすぐに座るため、やっぱり最後は奇異の目で見られるわけだ。私と姪の様子を見ている人は、きっと頭のなかで、親ばか……いやおじさんの場合はおじばか……なのか、と考えることだろう。

あー。

途轍もなく、どうでもいい話ずら。

 

共感?

投稿日:2009年05月05日(火)

共感って、なんずらか。なんだべな。なんざんしょ。

そもそも、自分の書いた文章を誰が読んで何を感じるかなんてあまり考えたことがないような。文章を書く人間としてはかなり最悪の部類に入る執筆態度になるのかなあ。

言い訳するなら、書くのに夢中というか精一杯なので、自分の文章がどう読まれるかまでは頭が回らないということだ。

言い訳ではなく自分の能力の限界を嘆くとするなら、わかんねぇ、わかんねぇ、共感ってなんだかわかんねぇよおおおおおお、ということになる。

これに関してはいつものように広辞苑で「共感」をひいても根本的な解決にはなりそうもない。ちなみに、よくわからんけど、共感されない文章ってのはいわゆる「独りよがり」っていうのかな? このあたりの違いも曖昧なまま今に至っている。

共感。

むずかしいねえ。

共感ってなんだろう。

「誰もがそう感じる」と「誰もがそう考える」との違いってなんだろう。

共感とありきたりの違いは?

「そういえばそうだねえ」と「そんなのわかりきっている」との差は何なのだろう。



かん  

    ねええ。

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プロフィール

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小瀬朧
性別:
男性
自己紹介:
創作怪談、twitterの短文小説#twnovel、短歌など。
メールでのご連絡は benzine100@gmail.こむ スパム対策なのでこむをcomにかえてください。 


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