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ゆっくりと小説を書こう

小説の書き方やお役立ち本などを紹介するBlogです。「小瀬朧」名義で第9回ビーケーワン怪談大賞をいただきました。twitterでtwnovelや短歌などを発表中。

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投稿日:2017年12月13日(水)

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投稿日:2009年04月23日(木)

何も乗っていないテーブルを見て、

・テーブルの上にはおいしい料理があります
・テーブルの上にはおいしい料理がありません

というのは、前者は嘘だけど後者は何になるのだろう。

じっさい、何もないのだから、嘘ではない。嘘ではないけど、何かひっかかる。

小説を書くという行為は、なんとなく後者の感覚に近いような気がする。なぜ、そう感じるのか、自分でも言葉にできない。何もないところに、ないはずのモノを想像(創造?)し、でも実はやっぱりありませんと否定する行為。

なんなん。
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虚構と演劇

このことと関連があるのかわかりませんけれど、私は、ものすごい後味の悪いドラマを見たときに、次ぎのような想像をしたことがあります。
 物語が終わると、次の瞬間、「ごくろうさま」という声が、周囲から波のようにやってきます。
そうです、いままでのことは、すべて演劇であって、架空にすぎないのです。
 そのことが、ドラマの枠の中で語れるという案配です。
 いつかプロになったときに、自分の作品でやってみたいと思っています。
 このことは、虚構と何らかの関係がありましょうか。

>>uenoさん

uenoさんこんにちは。

幼いころ、ドラマにしてもマンガにしても、本気で怖くなったり具合が悪くなったりすることが何回もありました。おそらく、空想とか虚構とかの類の概念がまだないため、すべてを現実のように受け止めていたのでしょう。
それが大人になると、テレビの前に座っていたり、本を手に取っていたりする時点で、今目にしているモノが嘘であると自覚しています。あるはずのないものを見て、テレビの電源を切るなり、本を閉じるなりすることで、やっぱりソレはなかったと確信します。

劇中で、それが劇であることを明かすというのは不思議な効果ですよね。劇中で劇を明かすということ自体も、それを含むより大きな虚構に組み込まれているのですから。考えようによっては、抜け出せない永遠の世界があるようにも感じます。

そういえば、小説ではたしか『八月の博物館』のラストのほうで、登場人物と物語内に登場する作者と現実の作者が交錯する奇妙なやりとりがあったような気がします。記憶違いかもしれませんが、あれは不思議でした。

あれは

上記の下文は、仕掛けを感じてしまいます。
そのあと何かがあるんじゃないかと。

こういう作品ありますよ。物語の人達が作者に操れている様を作品にしていて、どうにか物語の意図的な行動から逃げ出したいという作品。おかしいでしょう。『歪んだ創世記』
積木鏡介 です。一度立ち読みして下さい。

『八月の博物館』のラストは意図的に物語と現実を繋げる作為的なものでしょう。この作品は幾重にも延長出来そうな作品なので、オチ的な構成があってよかったと思いますね。この間は「構築屋」という変な作品を読みました。これは妄想を作った男だけの作品でした。オチをどうにかしてほしかったが、これが大賞ってアリなのかなと思った。構成だけの問題のような気がしてなりません。

>>小生さん

小生さんこんにちは。

なんだか面白そうな本をいろいろご存知ですね。
ブックオフで見かけたら手に取ってみます。

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HN:
小瀬朧
性別:
男性
自己紹介:
創作怪談、twitterの短文小説#twnovel、短歌など。
メールでのご連絡は benzine100@gmail.こむ スパム対策なのでこむをcomにかえてください。 


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