投稿日:2010年02月23日(火)
先日書いた夢に登場する「巨大建造物」ですが、それに類似する夢もよく見ます。
自分でも区別が曖昧なのですが、「巨大な乗り物」の夢です。ただ、これも自分の解釈の限界が如実に現われている例です。私はそれを「乗り物」と解釈することしかできないのです。
「巨大な乗り物」が登場する夢のパターンはだいたい決まっています。
・世界の終わり
・過去の遺物としての「巨大な乗り物」
・意外と身近に存在していたことに気付く
・最後の希望
・動かし方がわからず焦る
じつはイメージとしてもっともしっくりとくるのが「方舟」です。頭に「ノアの」とはつけませんが、夢のなかでそれは救済目的の方舟的な機能を持っています。それに乗り込むのは私だけではなく、身近な人や近所の人々も一緒だからです。
こんな夢がありました。
現実と同じような世界に生きているのですが、ある日終わりの日がやってきます。どうして終わるのかわかりませんが、人々は絶望に打ちひしがれています。私も怖くて仕方がありません。もうどうしようもなくなったとき、私は唐突に一枚の地図を見つけます。見つけるというか、所有していたことに気付くのです。その地図は、なんてことはない、今住んでいる地域のもので一度はがっくりとするのですが、よく見るとあることを発見します。町の形が何やら巨大な船のように見えるのです。(うまく言語化できないのですが、平面の地図でありながら立体的でした)私はそのことを大人たちに伝え、艦橋と覚しき場所へみんなで向かい(意外と近所にあった)、世界が終わる寸前、間一髪のところで巨大な船が起動して助かるのです。
これは間違いなく何かの作品の影響を受けていると思うのですが、かなり幼いころに見たので何がもとになっているのかは判然としません。文章にすると「宇宙戦艦ヤマト」の影響が強いように思えるのですが、夢のなかでの体感はかなり違ったものです。夢の内容を言語化するために、ヤマトを借りている感覚に近いのですが、やはりうまくいえません。
もう一つ、こんな夢もあります。
私は兵士となって、果てしなく続く夜の雪原を一人で歩いています。もう長いこと歩いているのですが、何も見えないし、誰にも会いません。もう何もかもが終わってしまったという絶望感だけを胸に、ひたすら南に向かって歩いていました。すると、いつしか前方に人影を見つけます。無我夢中で近づくと、それは吹雪の中に屹立する、兵士の死体でした。恐怖でその場から逃げようとすると、不意に兵士の死体の足下にハッチが現われ開きます。そこから顔を覗かせるのは、よく知った近所のおばちゃんでした。どうやら、私が迷わずに帰ってこられるように、目印として死体を立てていたようです。ハッチからなかに入るとそこは未来的な雰囲気で、見たこともない装置や機材だらけです。なかにいたのは両親も含め、現実世界で私の近所に住む人々でした。母が「よかったよう、おまえが帰ってきてくれたから、ようやくこれを動かせる」というのです。たしかに私は兵士でしたから、どんなものでも動かせる自信があります。操縦席らしきところに座り、眼前に広がるスクリーンや計器をじっと見ていると、すぐにこれがタイムマシンであるとわかりました。それも、内部に町全体を収める超巨大なタイムマシンです。そのとき、私はぼんやりと現実世界のことを思い出し始めます。そうだ、あの世界に行けばいい。「これを使って、平和な世界にもどろう」
これは今思うと、内部に町がある乗り物といえば「超時空要塞マクロス」の影響が見て取れるのですが、じつはこの夢を見たのはマクロスが放映されるよりもずっと前のことで、保育園児ぐらいのときです。父母の間に挟まって寝ているときにこの夢を見た覚えがあります。ですから、影響しているのはおそらく、当時テレビで見た外国映画の類ではないかと推測はしますが、はっきりはしません。